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VOL.282『ゲノムハッキングについて』 [生命]

◆ゲノムハッキング
 ゲノムハッキングはバイオハッキングとも呼ばれます。ハッキングとはコンピューターやインターネットなどITの分野でよく見られる行為で、良いケースもあれば悪いケースもあり、大抵は悪いケースで用いられる言葉です。誰かがインターネットを経由して他人のコンピューターなどIT端末を自由自在に操作し、それを楽しみで使うとか、そこから情報や金銭を盗み得ようとする行為がハッキングです。それを様々な植物や生物の遺伝情報で行うのがゲノムハッキングです。

◆手軽にしたクリスパーキャス9
 最近、このゲノムハッキングがアメリカを中心にトレンドになりつつあります。その背景にはゲノム編集のクリスパーキャス9の先端バイオ技術があります。オーディンと呼ばれるウェブサイトではクリスパーキャス9のゲノム編集技術を使い、ガイドRNAやヌクレアーゼなど各種の化学物質を含んだ試液で操作を行う実験をしています。クリスパーキャス9は誰もが簡単に利用できる技術で、手軽に利用できる環境も整備されてきたため、生物(細菌・バクテリア)を取り扱うシャーレやピペットなどの実験器具をキット化して150〜200ドルほどで販売し、それを使うことで高校生でも科学の実験が可能となっています。
 その中には人体実験も含まれる危険性があります。2017年、ジョサイア・ゼイナー氏は自身の体にクリスパー試液を注射し、筋肉量を増やす実験の様子をユーチューブで生配信しました。彼はシカゴ大学で生物物理学の博士号を取得した後、NASAでの勤務経験がある生物学者です。アメリカFDAは絶対に真似をしないように警告を発しました。しかし、ハッカーらはこの警告を無視し、その後もキットを購入してゲノム編集の実験を続けています。ゼイナー氏は筋肉量の増強はできませんでしたが、副作用もなく健康を害することもありませんでした。しかし、他に人体実験を行ったバイオハッカーの中には異常な免疫反応を起こし病気になった人もいます。ドイツでは、一般人が細菌などの微生物を操作することを法律で禁止しています。ところがウェブサイトから購入した遺伝子操作キットを使って禁止行為を行う人が後を絶たないそうです。ゲノム編集が簡単にできることから、現在、バイオ製薬業界はITと同様な局面に突入しています。遺伝子治療薬が安くコピーされて出回る日も近いとみられ、その危険性は計り知れません。
 2019年、日本で遺伝子治療薬が3300万円の値をつけて話題になりました。その後、遺伝子治療薬は次々に発売され、1〜2億円もする薬も発売されています。2024年には60種類以上も発売される見込みです。これに合わせてコピー薬の闇市場での取引も増加することでしょう。果たしてコピー薬で患者のガンが治るのか?害を与える可能性はないのか?アメリカやドイツ、日本などでは早急にゲノムハッキングを規制する必要があります。

◆知らず知らずのうちに
 人体の治療薬として多くの問題があるゲノム編集技術ですが、食品においては品種改良で食の分野が大きく変化します。2020年には多くのゲノム編集食品が発売されます。表示の義務がなく、従来の野菜や肉、魚と全く見分けがつかないため、私たちは知らず知らずのうちにそのような食品を買って食べることになります。環境省や厚生労働省もゲノム編集食品の規制はしない決定をしました。アメリカ各地の大学や研究所では食品のゲノム編集による品種改良が盛んに行われており、すでにゲノム編集食品が商品化され売られています。例えば、変色しないマッシュルーム、アレルギーを起こさない食品、食物繊維の含有量が増した小麦や野菜、干ばつに強いトウモロコシ、トランス脂肪酸を発生しない大豆、除草剤への耐性を備えた葉物野菜など、多種多様な農作物が売られています。肉量の多い牛や豚、魚の商品化も進んでいますが、強い毒性や副作用の報告はありません。日本でもゲノム編集技術の研究は活発に進められています。特に、マグロやサンマ、イワシ、サバ、イカなどの大衆魚の漁獲量は最近大幅に減少しており、原因として海水温の上昇や周辺国による漁獲量の増加があります。今後を考えると、その対策の一環としてゲノム編集技術を使った品種改良の研究は不可避なのかもしれません。遺伝子治療役、ゲノム編集医療、ゲノム編集が施された食物、選ぶのは私たち自身の問題であると言えるでしょう。

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VOL.281『日本人は平安時代から健康意識を持っていた』 [健康]

◆梶原性全の『頓医抄』
 鎌倉時代に武家出身の僧だった梶原性全(かじわらしょうぜん)は中国大陸の医学書を参考に50巻の医学書『頓医抄(とんいしょう)』をまとめました。この医学書の特徴は多くの人々の助けとなるように和文やカタカナで書かれていることで、平安時代に書かれた『医心方』が漢字で書かれていたのとは対照的です。
 頓医抄には中国大陸で150年前に書かれた人体解剖図を参考にした詳細な人体解剖図が載っています。その目的は、病気や体の不調が目に見えない神仏や怨霊のせいではないことや、病気を知るために体の仕組みを正確に理解することでした。そして日本人のために人体解剖図を描き、病気の原因を突き止めようとしたのでした。

◆体内に住む虫
 昔、お腹には密告者が住んでいると言われていました。子供の夜泣きや癇癪を「疳の虫が起きる」と言ったり「腹の虫が治まらない」「虫の知らせ」「虫が好かない」など、体や心を虫で表現する言葉が数多くあります。古来中国大陸では、体内に「三尸(さんし)の虫」と呼ばれる3匹の虫が住んでいるという思想がありました。三尸の虫とは庚申の日、人が眠っている間に天に昇って神様にその人の悪事を告げ口する虫で、それが神様の怒りに触れると寿命が短くなると考えられていたので、虫に告げ口されないように人々は知恵を絞ったと言います。庚申の日の夜には皆で経を唱え、食事をし、遊び、おしゃべりをして眠らずに夜を明かしました。この風習が鎌倉時代に広がり、江戸時代には庚申待(こうしんまち)と呼ばれて盛んに行われました。
 体内の虫が原因とされる病気の1つに赤痢がありました。赤痢は細菌やアメーバ原虫による感染症で、中国大陸から日本に持ち込まれました。天然痘などによる疾病や大規模な飢饉の後、体力が落ちると赤痢に感染してしまったそうです。奈良時代には麻疹が流行したので続いて赤痢が発生するから気をつけるようにという命令が太政大臣から発布されたという記録があります。赤痢の主症状は下痢で、そこに血や膿が混ざり込み赤くなることから赤痢と呼ばれました。赤痢に汚染された水や食物、食器などから感染します。日本国内での患者数は1960年代まで10万人を超えていましたが、1897年に日本人の志賀潔が赤痢菌を発見し、今では抗生物質によって根治できます。
 体内の虫を退治するために古くから海藻の一種やザクロの根を煎じて飲ませたり、ヘビトンボの幼虫やアカゲザルを焼いて食べさせるなどの治療が行われましたが効果はありませんでした。明治時代に発売された虫下し薬の広告には疳の虫や夜泣きの虫の姿(想像図)が描かれていました。疳の虫は腕の生えたタツノオトシゴのような姿で、夜泣きの虫は犬とミミズが合わさったような姿でした。明治時代には奇応丸という漢方薬も使用されました。主成分は熊の胆嚢で、虫下しではなく神経の興奮を鎮め、お腹の痛みを和らげる効果がありました。奇応丸は室町時代に奈良の東大寺で太鼓の修理をした際、太鼓の中から製法が記載されたものが見つかっています。中国大陸には存在しないもので、日本で独自に開発されたと考えられています。

◆日本人の健康意識
 奈良時代にはお茶が広まりました。鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』には3代将軍源実朝の二日酔いをお茶で治したという記録があります。この頃にはすでに健康の基盤として肝臓・心臓・肺・腎臓・膵臓がバランス良く働いていると良いとされ、それぞれの臓器に対応した味を持つ食べ物を摂取することが良いとされました。日本人は基本的には苦いものを食べませんでしたが、この頃から苦いお茶を飲む効果が知られるようになりました。これは陰陽五行説に基づいたもので、宇宙の発生、自然の循環、人体の仕組みなど、あらゆる現象を説明した最先端の学問でした。『病草紙』には今でいう歯周病が書かれています。病草紙によれば食事は一汁三菜に小魚を加える、獣肉を食べることで歯周病となるとのことです。平安時代の記述では寄生虫の感染による病気がほとんどで『今昔物語』には13〜14mのサナダムシが出たとの記録があります。日本人にはこの頃から健康の意識があったようです。

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