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VOL.258『和食文化は14世紀に始まっていた』 [食べ物]

◆独自の進化を遂げた食文化
 日本は歴史的に大陸の影響を長い間受けてきましたが、外国からの文化を旺盛に取り入れてもそのまま受け入れたことはほとんどなく、必ず風土と慣習に沿った改良と工夫を加え、独自の文化を形成してきました。そして、和食という他に例のない独自の食文化が確立されました。例えば、同じ箸文化を持つ国でも、日本では食事全般に箸を用いますが、中国や朝鮮半島では汁物やご飯には匙を使い、箸だけで食べる作法は日本独特の文化です。また、日本では食器を持ち上げて食べますが、この方法は日本以外の国では不作法であるとされます。

◆素材と風土が育んだ和食
 日本には、格式高い懐石料理から質素な精進料理、正月の御節料理、海や山の鍋料理、庶民的な丼物やお好み焼き、ラーメンなどがあり、他に寿司や天ぷら、すき焼き、しゃぶしゃぶ、味噌汁、うどん、そば、トンカツなどもあり多種多様です。
 和食は土地の素材と風土を基に発展しました。日本人は古代より神の怒りを買うのを畏れて伝統的に獣肉を食べることを避けてきました。しかも草原など放牧に適した土地もなく、酪農にも適さなかったことから、乳製品も日本料理にはありません。
 稲作に適した温帯気候のため、麦よりも米が主な穀物として定着し、そこで白米を主食として淡白な味わいの野菜や魚を中心とした料理が発達しました。新鮮な食材の一汁三菜というバランスの良い組み合わせで、自然と季節感を表現したものが和食の基本コンセプトです。

◆和食を劇的に発展させた麹
 和食を劇的に発達させたのが発酵食品です。味噌や醤油、みりん、酢など和食に欠かせない調味料は米や麦に着く麹菌というカビで製造されます。つまり、麹菌こそが和食料理の基本となるのです。発酵食品の製造にカビを用いるのは東洋の伝統です。西洋には例外的に白カビを用いたカマンベールチーズや、青カビを用いたロックフォールチーズなどがありますが、食品の加工にほぼカビは使いません。夏に乾燥するヨーロッパや北アメリカでは食品を放置してもカビは生えません。日本のように高温多湿の環境ではカビが繁殖しやすいのです。
 米や麦、大豆などの穀物にカビなどの微生物を生育させた物を麹といいます。日本で水田耕作が本格的に始まった弥生時代には、蒸した米を口に入れて噛み砕き、唾液を含ませてからツボに吐き入れて保存していました。唾液のアミラーゼによってデンプンが分解され、天然の酵母となってアルコール発酵が起こり酒ができました。これを口噛み酒といいます。口噛み酒は大変な手間がかかるので大量生産には向かず、神事などの儀式に用いられました。その後、蒸し米にカビが生えることから口内で噛まなくても酒ができることが分かり、麹菌は米に生えるカビという意味になりました。そして、酒造りのためにカビを専門に造る技術集団ができ、酒造家にカビを提供する種麹屋が出現しました。室町時代には、幕府の役人が麹の密造を取り締まった記録も残っています。やがて種麹屋は、味噌や醤油の製造者にも専用の麹を提供するようになり、和食料理の根幹となりました。現在でも秘伝の技術によって製造され、桐の箱に納められた種麹が全国の酒造家に出荷され、醸造に用いられています。
 種麹屋の技能の根幹は麹菌の純粋培養です。樫や椿の材木の灰に麹菌を種付けし、蒸し米を加えると麹菌は木炭の添加によって胞子をつけます。この胞子だけを集めたものが純度99%の麹菌となります。木炭の投入によって蒸し米が塩基性となり、他の雑菌が死滅するのです。これにリン酸カリウムなどのミネラル成分を供給することで麹菌の胞子の着床が促進されます。麹菌に木炭を投入する合理的な方法は誰が始めたのか不明ですが、発酵食品の発展に貢献した画期的な方法です。
 微生物の純粋培養法はドイツの細菌学者ロベルト・コッホが1870年代に寒天培地を使用して確立しました。しかしながら、日本ではすでに14世紀には麹菌を純粋培養と発酵技術で商品化していました。日本の和食文化はすでに確立され、実行されていたのです。先人たちの発酵技術のレベルの高さと和食文化に頭が下がります。

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